あ、20日ちかく空いてしまっている。
(花粉の症状が例年に比べて酷く、どうにも集中力を保てないため、更新がお預け状態になっていました。だいぶ落ち着いたので、そろそろ復帰できそうです。ユリイカ 特集「ブログ作法」を読み始め、このままでいいのかなどとも思いながら…)
(花粉の症状が例年に比べて酷く、どうにも集中力を保てないため、更新がお預け状態になっていました。だいぶ落ち着いたので、そろそろ復帰できそうです。ユリイカ 特集「ブログ作法」を読み始め、このままでいいのかなどとも思いながら…)
映画・テレビというジャンルの枠を飛び越え、未曾有の勢いで書店の棚に増殖中の韓流ムック(および雑誌)。そのどれもが、表紙を飾るのは優しく微笑む貴公子たちで……例外は、「宮廷女官 チャングムの誓い」のガイド本くらいだろうか(=イ・ヨンエ)。
そんなところに現れたのが、PLAYBOY 日本版 No.361(March 2005)の総力特集“韓国、映画大国をゆく”だ(P.20-57)。“愛する韓国を、ヨン様オバサマたちから奪還せよ!”との惹句に、「その意気だ!!」と思ったので、先月発売の号なのだが、紹介しておこう。
……が、キム・ギドク監督以外は、よく知らない人たちばかり。“明日のチェ・ジウがここにいる! 新人女優と歩くソウル”に至っては、何とはなしにマイナー感が……(ホントに「大ブレイク」した場合には御免なさい)。これには、深い理由があった──。
川崎市岡本太郎美術館で、「第8回岡本太郎記念現代芸術大賞展」が開催されています。2004年8月12日付の当Blogで少しだけ触れさせていただいたアーティストの藤井健仁さんから直接、メールをいただきました。
『ローレライ』、観て来ました。こうして欲しかった、という欲求を抱いた個所も幾つかありますが、国産の娯楽活劇として稀有な快作になっていると思います。泣けました。清々しさを持った(ある意味では邪悪な面が乏しいのかもしれませんが)作品となっているのは、監督の優しさとナイーブさ、そして倫理観の表れなのかと受け取っています。詳細な感想は、少し時間を置いてまとめようと思います。
劇場パンフが良心的な出来です。永野寿彦による監督インタビューや大森望による原作者インタビュー、主要キャストに対するインタビュー等が丁寧に行われていて、監督による初期イメージボード(6点)、佐藤敦紀・VXFスーパーバイザーによるVXF解説、米国側(サウンドデザイン等)の制作現場ルポやインタビューなど、「COMPLETE GUIDE」(角川書店)とダブらない内容も結構あります。700円也。
(鑑賞:2005/03/07)
(公開目前だが、観に行けるのは来週に入ってからか…)
『ローレライ』を追いかけてみたい、という気持ちにさせるのは、“ハリウッドにも日本にも面白い映画はあるが、でも何かが欠落している”という思いのもと、“(自分は)こんな映画が観たかったんだ”という作品に出逢えることの喜びを、何よりもつくり手が自覚し、その欲求に応え得る娯楽映画の王道を目指そうとしていることが、よく分かるからだ。
ワールドワイド、オールタイムという条件なら色々な作品に巡り逢う機会があるのだろうが、“こんな映画が観たかったんだ”という“日本”の作品に“リアルタイム”で出逢える可能性となると、その確率は幾何級数的に減る。私にとっては、数少ないそのうちの一本と言っていいのが、長谷川和彦監督による『太陽を盗んだ男』(1979年)だったりする。
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三浦悦子人形展★義躰標本室
会場:HIGURE 17-15 cas(東京・西日暮里)
入場料:500円
(東京展は2月27日で終わっています。3月に名古屋に回る予定だそうです)
人間という“自然”をパーツ化し、幾何形状(球体)を媒介させることで人形という“不自然”に再構成する──。といった球体関節人形は、それ自体でも禍々しさと美しさを同居させているものだが、三浦悦子は、さらにこれを損壊させ、金属の糸で縫合し、機械部品や電子部品を埋め込むことで、異なる次元の身体表現(=義躰)に昇華させている。
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