ゴジとガメラ、あるいはシュレイダー兄弟 LORELEI予行演習
(公開目前だが、観に行けるのは来週に入ってからか…)
『ローレライ』を追いかけてみたい、という気持ちにさせるのは、“ハリウッドにも日本にも面白い映画はあるが、でも何かが欠落している”という思いのもと、“(自分は)こんな映画が観たかったんだ”という作品に出逢えることの喜びを、何よりもつくり手が自覚し、その欲求に応え得る娯楽映画の王道を目指そうとしていることが、よく分かるからだ。
ワールドワイド、オールタイムという条件なら色々な作品に巡り逢う機会があるのだろうが、“こんな映画が観たかったんだ”という“日本”の作品に“リアルタイム”で出逢える可能性となると、その確率は幾何級数的に減る。私にとっては、数少ないそのうちの一本と言っていいのが、長谷川和彦監督による『太陽を盗んだ男』(1979年)だったりする。
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周知のように、この映画が2001年にDVD化(ULTIMATE PREMIUM EDITION)された際、特典の企画のひとつとして、『太陽を盗んだ男』の熱烈なファンを自認する樋口真嗣、俳優の永瀬正敏、そして長谷川監督によるトークセッション(約35分)が実現している。
『太陽を盗んだ男』封切時には中学2年生だった樋口真嗣は、角川書店の雑誌『バラエティ』(懐かしい)で“ゴジの新作は原爆映画だ!”というリードを見つけ、この映画に出逢ったという。その時は長谷川監督の愛称である“ゴジ”のことは知らず、「ゴジラ、またやるんだあ、って読んでみると違って」「それで観に行ったんですけど」と語っている。
当時、「もの凄くシャープな娯楽映画に見えた」「『西部警察』の、もっと“ちゃんとした版”」といった感想を持ったというが、その上で、「自分の中にとって、映画の組み立て方とかそういうのの、刷り込みの初めてなんですよ」と明かしている。
「爆発もあるし、カーチェイスもあるし、何かすごいモブ(群集)シーンがあったりとか、そういった意味での、今までの面白い映画の部品が全部そろってるんだけど、今までの映画はこんなもんなんだろうと思っていたところに、ひとつ上の、何かこう高い視点っていうのがつくり手はあるんだよっていうのを、初めて教えられた映画っていう気がした」(樋口)
この『太陽を盗んだ男』のコンセプトを、長谷川監督は非常に端的に表現している。『タクシードライバー』(1976年)と『007(シリーズ)』というそれぞれ好きな映画があって、「一本の映画で、これを両方やってやるんだ」という発想だ。“原爆映画”の原案を持ち込み、長谷川監督と共同で脚本を手がけたのはレナード・シュレイダーだった。
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新作待望の声をよそに、長谷川監督はその後、映画を撮っていない。長年の間、連合赤軍を題材にした企画を温めていることは知られていて、トークセッションでもそこに話が及んでいる。興味深いのは、『タクシードライバー』+『007』と同じハイブリッドの発想をそこにも持ち込み、連赤に“怪獣映画”の要素をぶつけるつもりでいるらしいということだ。
「基本的にはその、ヘビーなシリアスな映画だと思われがちなもんだよな」「もちろんその要素も強いわけだけれども」「このシリアスな話を、こういう画でつくっていくか、みたいなこともやってみたいわけ」
「リアリズムをちょっとどっかで、先に行きたい気分があるんだよね」「怪獣映画だったり、いわゆる特撮映画と言われたり、ハイなものを持ったものと、ヘビーなものを一緒にやるっていうのが、次回の俺のテーマになりそうなんだよね」
「今後ね、一緒にやれることがあるといいなあという意味で、初めてお会いするのにお願いした」「だからお近づきになって、何か少し教えることを教えてもらおうというね、意味もあるんですわ」(以上・長谷川)
それから4年近くたっているだろうか。樋口真嗣は『ローレライ』で(長編)監督デビューし、長谷川監督の新作はいまだ姿を見せる気配はない。が、この2月25日、久しぶりに映画監督 長谷川和彦 公認サイト「ゴジサイト」が更新されているのを発見した。
最新情報のところに──“まだまだがんっばってますよ~ この「最新情報」ほったらかしにしていてスンマセン。もちろん、監督以下スタッフ 現在も脚本完成に向けてがんばっています。”との記載がある。+樋口(特技)、は難しいのかもしれないが、期待はしよう。
『ローレライ』に“第三の原爆”というコンセプトを持ち込んだのは樋口監督だが、この映画が全く頭になかったということはないだろう。また、『太陽を盗んだ男』には、沢田研二演じる城戸誠が原爆を抱いて眠るシーンなどがあるが、樋口真嗣は「俺の中では、原爆ってやっぱ女なのかなって」「女の奪い合いなのかなって」読み取ったことを述懐している。
◎(話のついでに)レナード&ポール・シュレイダー兄弟
で、話題は飛ぶが、実はここ最近、共時的にレナード&ポール・シュレイダー兄弟の“影”に出逢う場面が続いている。
レナード・シュレイダーは『ザ・ヤクザ』(シドニー・ポラック監督、1974年) の原作を手がけて世に出た。弟のポール・シュレイダーがこの映画の脚本を手がけ、時に共同しながら1970年代後半から80年代に特に活躍していた。兄弟ともに、監督業にも進出している。
まずひとつが、2月27日付の当Blogに記した“PAX JAPONICA Project 押井守戦争を語る”でのこと。固有名詞を挙げるだけにとどめるが、映画『ローリング・サンダー』(ジョン・フリン監督、1977年)、そして三島由紀夫についての印象的なコメントが押井守監督からあった。
その時には意識しなかったが、考えてみれば前者の原作・脚本はポール・シュレイダー、また日本公開を実現できなかった映画『MISHIMA(Mishima: A Life in Four Chapters)』(1985年)はポール・シュレイダーの監督としての代表作で、脚本を兄弟で共同執筆している。
もちろん、長谷川監督が挙げている『タクシードライバー』は、脚本家としてのポール・シュレイダーの出世作だ。
また、『ローレライ』における役づくりのために樋口監督が香椎由宇に示した参考映画の中の一本に、(成功した作品ではないが)ナスターシャ・キンスキー主演、ポール・シュレイダー監督の『キャット・ピープル』(1981年)がある(と、メイキング記事で紹介されている)。
まだある。昨年出版された『青山真治と阿部和重と中原昌也のシネコン!』(リトル・モア)をちょうど読んでいたのだが、“ブライアン・デ・パルマ『ファム・ファタール』”の章にも、ポール・シュレイダーに話題が及ぶところがある。
『キャリー』(1976年)における「ためてためてドカーン」(阿部)という作劇が、「ヤクザ映画」(中原)に近いものだという指摘の後、そうした脚本の書き手としてデ・パルマとも組んだポール・シュレイダーの名前が導き出されるのだ。
記憶から遠のいていたが、デ・パルマの代表作である『愛のメモリー』(1976年)の原案・脚本はポール・シュレイダーによるものだった。『タクシードライバー』と同年公開。当時のアンチ・ハリウッド派のカギを握る一人だったに違いない。
『タクシードライバー』も『愛のメモリー』も、私のフェイバリットである。その後の様々な映画に影響を与えた“原型”としての魅力を持つものだと言える。 『ローレライ』をきっかけに、そんな忘れかけていた時代のことを思い出した。
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